「隠れキリシタン」と「潜伏キリシタン」の違い





三行日記

以前在日本有一个“禁教令”。
yǐ qián zaì rì běn yoǔ yī gè “jìn jiaò lìng ”。

 

 

那个是日本悲哀的历史。
nà gè shì rì běn beī aī de lì shǐ 。

 

 

你的国家的信仰自由吗?
nǐ de guó jiā de xìn yǎng zì yoú ma ?

 

潜伏キリシタン

(画像はイメージです。実際のものではありません)

日本語訳

日本には以前「禁教令」がありました。

 

それは悲しい歴史です。

 

あなたの国の信仰は自由ですか?

 

 

<修正前>1行目

以前在日本有一个“禁教令”。  としていました。
yǐ qián zaì rì běn yoǔ le yī gè “jìn jiaò lìng ”。

過去に遡っている状況の話ですので、”了”を使いません。
ですので正しくは↓になります。

以前在日本有一个“禁教令”。

 

 

<修正前>2行目

那个日本悲哀的历史。 としていました。
nà gè shì zaì rì běn beī aī de lì shǐ 。

”と””の使い方が良くありません。
ですので正しくは↓になります。

那个日本悲哀的历史。

那个日本悲哀的历史。

 

 

<修正前>3行目

你在国家的信仰自由吗? としていました。
nǐ zaì guó jiā de xìn yǎng zì yoú ma ?

”你的国家的”と”的”を直近で2回使いたくなかったので、この書き方をしたのですが、意味が少し変わってしまいますので良くありません。
ですので正しくは↓になります。

你的国家的信仰自由吗?

どうしても”的”を2回使いたくない場合は、”你”を”你们”に変更することで”的”を省略できます。

你们国家的信仰自由吗?

 

 


 

 

「隠れ」と「潜伏」の違い

さて、記事タイトルの件です。
最近よくニュースなどで見聞きしますが、天草と長崎のキリシタン関連遺跡を世界遺産に登録するとか、しないとかの報道の中で「潜伏キリシタン」という聞き慣れない言葉が使われていて、違和感を感じませんでしたでしょうか?
私は「隠れキリシタンじゃないの?」、「隠れキリシタンと何か違うの?」と疑問に思っていたのですが、その違いが分かりましたので、ここで共有したいと思います。

潜伏キリシタン

日本では明治6年(1873年)に禁教令が解禁されます。
それまでに「潜伏キリシタン」は存在しません。
隠れキリシタンだった人が、禁教令解禁後にカソリック神父の洗礼を受けて”改宗”して、潜伏キリシタンになりました。

隠れキリシタン

禁教令解禁後でも改宗せずに、頑なに最初の教えを貫いている人たちです。
その名の通り”隠れ”ですので、大っぴらに儀式や礼拝を出来なかったのが変化した大きな要因ですが、地域に根差して250年も経っていますので、少しずつその地域の味付けもあったと思います。

世界遺産登録

隠れキリシタンの場合は”隠れ”ですので、目立ったことはできません。その為、建造物もありません。

今回世界遺産に登録されるのは全て、潜伏キリシタンに改宗した人たちが作った建造物です。
この事を区別する意味で潜伏キリシタンという言葉が使われたのですね。

しかし、16世紀後半に日本に伝わってきたキリスト教を、本職の神父もいない離れ小島で守り続けて、独自に発展させてきた隠れキリシタンの人たちにも、何か表彰のようなものがあってもいいのになあと思います。

 


この記事を書くにあたって、辛坊治郎さんの有料メールマガジンの内容を一部参考にさせていただきました。

 











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